形について考えた

学校や地域の役員などで寄り合って新しい仕事や作業を始めるとき

最終すべきことが分かっていても
何から決めたらいいのか
どこから手を付けたらいいのか
踏み出す一歩がわからない・・・

なんて時に


とにかくなんとか形にさえなれば

あとは楽なんだろうけどね




なんてことよく言う。





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ま、意味のないお互いの慰め合いの台詞ではあるけど、


実際、形になるとはなんとも曖昧な言葉だ。


目鼻がついて進むべき方向がぼんやり見える、
そういう状況を想像するのだが

どの段階でそれがになったのかは

主観的で個人差があるだろう。


先日そういう場面に居合わせ
一体どうすりゃ「形になった」ことになるだろうと
不安な気持ちでどんよりしていた。




ところで、形と言えば


美味しい鮭を頂いたから、とお裾分けに預かった。
脂がよく乗って塩加減もちょうど良く
これはご飯が何杯も食べられる危険物と思ったので

すべてを焼いて全部ほぐしてフレークにした。

ら、

そんな、せっかくの鮭をばらばらにしてもったいないことを!

と非難された。


我が家の場合、一人一人切り身に出すより
フレークにした方がずっと食べ残しも少なくて
家族みんなに行き渡るんだけどなぁ。



ある時、旬の美味しい果物を頂いた知人が
それらをミキサーに入れジュースにすると言っていたら
これまた


そんなもったいないことを!


と、非難されていた。


ジュースにしたらかなりのロスなく
たっぷり頂けるのでそれはそれでよい気がするが、


確かに鮭フレークやミックスジュースなどは
メインを作った余った部分でさらにもう一品できました、
て感がありありだしな。


食材はできるだけ「形」のまま食べるのが
もったいなくないことなのか。


ならば果物をカットして食べるのはどうなのか。

そしたら手を加えまくるフレンチなんて
もったいないの極地ではないのか。
それは果たして贅沢な料理とは言わないのか。

な〜んて、自家製鮭フレークやミックスジュースの正当性を考えていた。




ずっと以前、友人とパッチワークをしていたときのこと。

好きな生地を好きな色合いに接ぎ合わせる、
ちくちくイジイジ楽しい時間を過ごしていたら


別の友人に


せっかくの一枚の布を切り刻んだかと思ったら
それをまたつなぎ合わせて
なんて無駄な時間を費やしてるの。
もったいない。
最初から一枚で作ればいいのに。


と笑われた。

もったいないのが
作業する時間がなのか、生地が、なのか

とにかくこの幸せな時間が人から見るとそうともとれるか、と
目から鱗の発言だった。



その後いくつかパッチワークもしてみたが

これぞワタシの好み!
とか

うわ、この色合い絶妙!
などというものは作り出せず、


あえて好きな布を、一ランク下のつぎはぎ布にしている

つまり

無駄に形を崩し、意味のない形を作っている

という非建設的な気分が消しきれず、以来
パッチは遠ざかっている。


ワタシのパッチワークは確かにもったいないと思う。
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by dorothy_pc06 | 2011-08-06 09:15 | どうでもいい