年末について考えた

今年もまた年末がやってきている。
年々、気づくのが遅くなっている。

だるまさんがころんだ、の鬼をやっていて
さっきまでみんな遠くにいたのに
振り返ると、もう今まさにタッチされようとしてる・・・

年末が早くやってくるのではなく
ひたひたと近づいてくるから、その足音が聞こえてないと言った方がよいか。



年末に限らず「末」は恐ろしい。
見えないからなのか、
突然やってくるから心の準備ができてないからなのか。


締め切りもいやな気分だし
月末ってのもなんだか忙しそうだ。
子供の頃の夏休みの終わりなど、どんよりだった。
・・・どれも最初からわかっているはずなのだけど。


これは、きりぎりすのように浮かれて過ごしているからか。
きっちり計画を立て、何をすべきかを考えられる性格だったら
平常心ですべての「末」を受け入れられるのか。

確かに計画的に宿題を済ませておけば
晴れ晴れと新学期を迎えられただろうな。
昔の自分にちょっと言ってやりたい。






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         写真は友人が作ったブローチ。色合いが絶妙で可愛いデショ。






大人になってから
ちょっと前までは「年末」が怖かった。
大掃除をしてない、年賀状を書いてない、
クリスマス飾りを片付けてない、
正月仕様にできてない、おせちだ、お年玉の準備だ・・・。

そんな恐怖が薄れてきた。

相変わらずいろんな「宿題」を
できてないのにもかかわらず、だ。


年齢とともに時間が経つのが速くなるのは当然だが
やってないことへの罪悪感は減少。

これは開き直りか悟りなのか。

もうこれで終わりだという感慨深さも皆無だし。



「末」に対する思い入れと言えば
高校卒業を控えた学生時代。

何をするのもコレで最後のという思いがあった。

最後の運動会、

最後のお弁当、

最後の・・・

冬服へ衣替えする前日、
友達と落書きしあった

最後の夏服のブラウスは

まだ捨てずにおいてある。


そうだ。この歳になると

自分自身のことが時間で区切られる

ということがなくなってきたのだ。
まだまだ家族の新学期はあるし、
朝起きて、ゴミ出して、ご飯作って・・・という日常はあるのだけどね。


区切られることがない、

つまりは

だんだんと新しいことがやってこなくなってきているということ。

惰性で流れる慣れきった毎日。


これはちょっと寂しいことだ。
ときめきの針の振れが鈍っているのか・・・なんて
流行の片付けのセンセかよ。

やみくもに手を付ければいいというのではないけど
何か始めてみようか。



な〜んて、

ウダウダと言い訳を考えているより

そろそろ年末年始のいろいろ

やっつける方が先だと気がついた。


やっぱりちょっとくらいは片付けを、掃除を、お正月のしつらえを
した方がいいかもな・・・。
ホントニヤルノカ?




今年も何かと仲良くして頂きありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いします。
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by dorothy_pc06 | 2011-12-29 16:58 | どうでもいい